日本のルーツは古代イスラエル?
日本とイスラエルには、数多くの共通点がある。さらに、日本にソロモンの秘宝が隠されているという。
古代イスラエル王国
紀元前1021年頃建国された古代イスラエル王国は、紀元前586年に滅亡した。古代イスラエル12支族のうち10支族がバビロンへ連れ去られた後、行方が分からなくなり、失われた十支族として世界史の謎となっている。失われた十支族はアジア各地に散っていったらしい。
日本の古文書に、シルクロードから謎の大集団がやってきたことが記されている。それは日本に大きな影響を与えた秦氏である。失われた十支族の一部が、秦氏として日本にやってきたと考えられる。
日本とイスラエルの共通点
1.日本の文字とヘブル文字の共通点
「コ」「ク」「フ」「レ」「ル」など、日本のカタカナ、ひらがなとヘブル文字の形、発音が似ているものがたくさんある。

2.日本語とヘブライ語の共通点
日本語とヘブライ語に共通する言葉が500以上ある。ヘブライ語で「カク」は、日本語で「書く」である。以下に例を示す。
カク=書く
トル=取る
スム=住む
ホレブ=滅ぶ
ハラー=祓う
ハケシュ=拍手
3.祇園祭とシオン祭の共通点
祇園祭とシオン祭の共通点は、まず、祇園とシオンの発音が似ている点である。
祇園祭の山鉾に描かれている絵は、バグダッド宮殿や砂漠を行くラクダやエジプトの風景や旧約聖書「創世記」第24章のイサクの嫁選びのシーンなどが描かれている。
祇園祭は7月の1ヶ月間続くが、シオン祭も7月の1日からほぼ1ヶ月続く。山鉾巡行が行われる7月17日は、ノアの箱舟がアララト山にとどまった聖なる日である。

ソロモンの秘宝「失われたアーク」
失われたアーク(契約の箱)は、三種の神器(十戒の石板、マナの壺、アロンの杖)が納められた移動式神殿であり、最も神聖なものであった。
日本の神輿(みこし)のルーツは、失われたアークであると言われている。どちらも二本の棒で担ぎ、金で覆われており、移動式の神殿である。
神輿を担ぐときの掛け声「エッサ」は、ヘブライ語で「運ぶ」という意味である。

「失われたアーク」の行方
徳島県美馬市の倭大国魂(やまとおおくにたま)神社には、古代イスラエルのシンボル「メノラー」とそっくりの神紋が刻まれている。また、神明神社には、石を積み上げて造った神殿跡が残っている。
その近くの剣山の鍾乳洞に「失われたアーク」が隠されているという。イスラエルの聖なる日である7月17日に剣山本宮祭が行われ、神輿を山頂に担ぎ上げるという風習が残っている。このことから、アークを剣山に担ぎ上げて鍾乳洞に隠したのではないかと考えられている。
これ以外にも、伊勢神宮に「失われたアーク」が納められているといううわさもある。
2007年9月21日「新説!?みのもんたの日本ミステリー」テレビ東京
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コメント
日ユ同祖論は虚報である。
20世紀80年代の日本人のDNA鑑定によれば、西日本では中国福建省の影響が大で、東北日本ではアイヌの影響が大であると結論が出ている(平凡社「世界大百科事典」)。
但し、天皇家の初代は古代ユダヤ王国が侵略で滅亡したときユダヤ12部族の第3部族第3支族が難民化した。彼らは、流浪の果てに南西諸島経由で鹿児島南端から当時の日本-安日長髄彦指導下の「耶馬台国」を軍事侵略、北上して日向に本営を設けて北上、さらに東進して奈良の橿原で所謂「大和政権」を樹立した。
侵略への反感のほとぼりが冷めた7世紀後半に至ってやっと、彼らは侵略支配者の頭目を「天皇」と称した。8世紀後半にやっと「神武」と称した。
中国はこれを非難して、魏志倭人伝で「邪」馬台国と呼んだ。このあと、合計千数百年かけて親子代々の祖国防衛戦争を戦った東北地方を侵略して、源頼朝時代にやっと全日本の統一占領支配に成功した。
しかしその後天皇家の血筋は南朝も北朝も途絶えた。
明治天皇は長州の忍者伊藤俊介=博文が孝明天皇を大便所で槍で暗殺、10代で女官と遊び呆けていた息子睦仁を生駒山へ流刑して、長州の騎兵隊隊士で部落民の大室寅之祐を明治天皇にすり替え即位させた。
「我々の言う事を聴かないと、どういう事になるか分ってるだろうな」と伊藤らはニセ明治天皇を脅した、と70年代前半に週刊誌が書いたことがある。睦仁の子孫は今東京でひっそりと暮らしていると、取り巻きがメールで知らせてきた。
日本民族は天皇制を廃止してやっと、精神的・政治的に解放される。
投稿: たつまき | 2009/06/26 03:37