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死んで三日後に生き返る

 1976年、旧ソ連で、死んでから三日後に生き返るという衝撃的な事件が起きた。

世界的に有名な研究者ロドナイア
 彼の名はジョージ・ロドナイア(20歳)で、脳内物質の研究者として世界的にその名を知られていた。同じ研究所で働くニノと結婚し、子供もいた。そんな彼に、アメリカのエール大学から招待状が来た。しかし、ソ連政府は、渡米を許可しなかった。その理由は、彼の両親はイギリスから移住してきていたが、スパイ容疑でKGBに逮捕され、処刑されていたという経緯と、頭脳流出になるということからだった。

アメリカ政府からの招待
 そんなあるとき、彼は、アメリカの美術研究家ミリセント・キャンターの通訳を任された。彼は、キャンターにアメリカに行きたいと相談した。キャンターは、当時アメリカ国務長官ヘンリー・キッシンジャーに支援を依頼した。そして、アメリカ政府からロドナイアに招待状が送られてきた。
 ソ連政府は、アメリカ政府からの正式な招待状がある以上、ロドナイアの渡米を認めざるを得なかった。妻と子供は置いていくことにした。家族を置いていくことで、アメリカ行きの許可を出やすくさせた。渡米した後、しばらくしたら呼び寄せようと考えていた。

命を狙われ事故死
 出発当日、彼は命を狙われていた。タクシーを待つ彼を一台の車が突進してきて引いた。肋骨はすべて折れ、全身打撲で意識不明になった。すぐに病院に運ばれ、処置が施されたが、手遅れだった。1976年9月14日死亡宣告された。

死亡中の不思議な体験
 検死解剖まで遺体安置所で三日間冷蔵保管された。このとき彼は、不思議な体験をしていた。やわらかい光の中、いくつもの小さな光がシャボン玉のように浮かんでいた。さらに、幼い頃からの体験が走馬灯のように流れていった。写真でしか見たことのない両親に会い、処刑される瞬間を見た。死亡してから二日後、遺体安置所から意識が抜け出して、近所の友人の家に来ていた。そして、そこの赤ちゃんと話をした。赤ちゃんは、「おじちゃん、腕がいたいの」と言った。彼が腕を見ると、骨が折れているのが、はっきりと見えた。今度は、自宅へ向かった。そこには、絶望の淵に追いやられ、泣いている妻がいた。

三日後に生き返る
 死亡宣告から三日後、まさに死亡解剖されようとしていたそのとき、彼は目を開けた。すぐに緊急手術が行われ、手術から三日後、奇跡的に意識を取り戻した。死んでいたときの体験を話すと、妻は信じられない様子だったが、近所の赤ちゃんを病院で調べてもらうと確かに腕を骨折していた。赤ちゃんは、口では話すことはできないが、その霊は話すことができるのである。

聖職者になる
 ソ連崩壊の直前の1989年に、家族で渡米してキャンターと再開した。アメリカで脳内物質の研究を続けながら、自分に起きた不思議な体験を知ってもらいたいと聖職者として全米で講演を行った。「愛とは何か? 信仰とは何か? 希望とは何か? この経験でこれら3つが神の英知だと気づきました」と彼は語った。

(2008年5月21日 「世界仰天ニュース」日本テレビ)

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