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日本人のルーツ

 DNAの研究が進み、日本人のルーツが明らかになりつつある。日本周辺の国々の人々に比べて、DNAのはっきりとした違いが見られる。その違いが私達の先祖、縄文人にあることが分かってきた。

縄文人と現代日本人のつながり
 縄文時代は、一万数千年前から二千数百年前まで続き、その後、弥生時代となる。現代の日本人は、縄文人と後に大陸から渡ってきた弥生人を先祖していると考えられてきました。1996年から1999年までの間、日中両国の研究者が、弥生人の骨と江蘇省で発掘された漢の初期の人骨を比較した。そして、江蘇省の人骨と弥生人の人骨のDNAの一部が一致した。ただ、古くからいた縄文人が今の私達にどんな影響を与えているのか、縄文人とはどんな人たちだったのか分かっていなかった。DNAの技術が高まり、縄文人と現代の日本人とのつながりが明らかになってきました。

日本人とアジア大陸の人々とはDNAが異なる
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 静岡の国立遺伝学研究所の斎藤成也教授は、500人以上の日本人と、アジアの数千人のDNA解析を行った。DNAの特徴を元に、グラフに落とし込むと、アジアの大陸の人々は比較的分布がまとまるのに対して、日本人はそれと大きく分布が違うことが分かった。この違いは、沖縄の人たち、それからアイヌの人たちという順に大きいことが分かった。
 国立科学博物館の神澤秀明研究員は、縄文人の歯のDNAを分析したところ、日本人が分布する方向の先(アイヌ人の先)に縄文人のDNAが位置することが分かった。

縄文人のルーツ
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 男性だけがもつY染色体の調査から縄文人のルーツが明らかになってきた。Y染色体は父親から息子へ受け継がれていく。その変化を調べると、その先祖をたどっていくことができる。世界中で調査が行われた結果、男性は古い先祖から次々に別れてきて、世界中には大きく分けて、AからTまで20のグループがあることが分かってきた。このうち、古いタイプは、人類の誕生の地と考えられているアフリカに多いA,B,Eである。日本人にも、古いタイプのDというタイプの人がいることが分かっている。

日本人のY染色体のタイプ
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 徳島大学大学院医歯薬学研究部の佐藤陽一准教授は、二千人以上の日本人男性のY染色体を調査した。その半数は、中国人や韓国人の大多数を占めるOというタイプだったが、その次に多かったのがDで3割を占めていた。Dというタイプは、アジア大陸ではほとんど見られない。世界に2カ所、Dをもつ男性が多い地域が見つかっている。それは、チベットとインド洋のアンダマン諸島である。アジア大陸にもDというタイプが分布していたと思われるが、その後、Oというタイプがアジアを占めるようになり、取って代わられたと考えられる。日本やチベットやアンダマン諸島は、島国だったり、山に囲まれていたりしたため、他のグループとの交流が限られていて、現代でもかなり残っていると考えられる。

日本人は古代ユダヤ人と近い関係
 Dタイプは、アフリカ北部、地中海沿岸に分布するEタイプと非常に近い関係にある。DタイプとEタイプは共にYAPという特殊な塩基配列を持っている。そのため、YAP遺伝子ともよばれている。古代ユダヤ人もアフリカ北部、地中海沿岸に居住していたので、YAP遺伝子を持っていたと考えられる。日本人は、古代ユダヤ人と近い関係にある。

参考:2015年5月29日(金)NHKニュース「おはよう日本」

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契約の箱(アーク)発見!?

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 契約の箱とは、モーセの十戒が刻まれた石板を納めた箱である。モーセは石板を持って山に登り、神に祈り求めたときに、神が指で石板に十戒を刻まれた。契約の箱は非常に神聖なものであり、祭司以外の者が触れると死に至った。契約の箱は、イスラエルがバビロニアに滅ぼされる前にどこかに隠されたらしく、行方が分からなくなっている。いくつか伝説が残されていて、四国の剣山に隠されているという説もある。日本のお祭りの時にかつぐ神輿は、契約の箱のレプリカと言われている。聖書考古学者のロン・ワイヤットはエルサレムの地下洞窟で契約の箱を発見した。

契約の箱について
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 契約の箱は、アカシアの木で作られ、長さ130cm、幅と高さがそれぞれ80cmで、装飾が施されていた。地面に直接触れないよう、箱の下部四隅に脚が付けられていた。持ち運びの際、箱に手を触れないよう二本の棒が取り付けられ、これら全てが純金で覆われていた。そして箱の上部には、金の打物造りによる天使ケルビムが二体、契約の箱を覆うように翼を広げ、顔を向かい合わせて置かれていた(出エジプト25章)。
 モーセの時代に、この中へマナを納めた金の壺、アロンの杖、十戒を記した石板が収納されていた(ヘブル9:4)。しかし、ソロモン王の時代には、十戒を記した石版以外には何も入っていなかったと伝えられている(歴代志下5:10)。
 荒野をさまよっていた時代には祭司たちが担いで移動させていたが、ヨシュアの時代以降は、主にシロの幕屋の至聖所に安置されていた。サムエルの時代に、ペリシテ人によって奪われるが、契約の箱によってペリシテ人を災厄が襲ったため、彼らはこの箱をイスラエル人に送り返した。また、ソロモン王の時代以降は、エルサレムのソロモン神殿の至聖所に安置された。

消えた契約の箱
 ソロモン神殿が完成したのは、BC959年であるが、イスラエルの民は偽の神々を拝むようになった。神は預言者達を通して滅ぼされると警告したが、イスラエルの民は耳を傾けず、その結果、BC586年頃ソロモン神殿がバビロニアに破壊され、滅亡した。このような出来事が起こる前に契約の箱はどこかに持ち出された。バビロン軍はエルサレムを略奪しソロモン神殿を全焼させた。エルサレムは徹底的に破壊されたため残った遺物は小さな壺だけであった。

契約の箱がエチオピアにあるという説
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 現在契約の箱がどこにあるか、いくつか候補がある。最も有名な説が、エチオピアの建物に納められているという説である。そこでは、一人の祭司だけが箱に近づくことが許されていて生涯をかけて聖櫃とその中身を守る責務を負っている。この場所に契約の箱が移されたのはソロモン王の時代だった。ソロモンが王様として治めていたときに、シバの女王がやってきて会見した。そして、ソロモンは記念品として、契約の箱の模型を贈呈した。伝説によると、そのとき一緒にやってきたシバの女王の息子が、もらった模型と本物の契約の箱をすり替えて持ち帰ったということになっている。しかしこれは聖書の記述と一致しない。それから数百年後に、エゼキエルは契約の箱の上に主の栄光を見ている(エゼ10:18)。聖書に記述されているように、主の栄光はあまりにも強烈なもので、年に一度大祭司が入ることが許されているだけだった。年に一度入ることが許されていた大祭司でさえも、自分の罪を清めて入らなければ生き延びることはできなかった。そして、ユダヤ人の言い伝えによると、遺体を引っ張り出すことができるように、かかとにひもをくくりつけていた。それをシバの女王の息子が盗み出すことができたであろうか。

ソロモン神殿から運び出された契約の箱
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 聖書外典マカバイ記2:5-7に次のように記されている。
「そこに到着したエレミヤは、人の住むことのできる洞窟を見つけ、そこに幕屋と契約の箱と香壇を運び込み、入り口をふさいだ。一行の中の何人かが、道標を作ろうとして戻ってみたが、もはや洞窟を見つけることはできなかった。このことを知ったエレミヤは、彼らを叱責してこう言った。『神が民の集会を招集し、憐れみを下されるときまで、その場所は知られずにいるだろう。」
 エレミヤは、エルサレムのソロモン神殿から密かに契約の箱を運び出し、近くの洞窟の中に隠したのである。そして、その場所は神が民の集会を招集するまで見つけることができないと言った。
 その場所は、将来イエス・キリストが十字架にかけられるゴルゴダの丘の地下だった。

エルサレム郊外の洞窟で発見された契約の箱
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 ロン・ワイヤット氏は、契約の箱を発見した事を発表した。エルサレムの郊外に骸骨の形をした崖と庭園がある。ここがゴルゴダの丘と言われている。ワイヤット氏は庭園の中を歩いていると、とても通常では起こりえない経験をした。手と口が勝手に動いて、「あそこが契約の箱が隠されている場所だ」と言ってしまった。彼は、手を元に戻して我に返ったが、一緒にいた考古学の専門家が、また予想外のことを言った。「それは素晴らしいことですね、許可しますのでここを発掘調査してください」と。彼は、本当にそこに契約の箱が隠されているのか研究し、発掘調査を始めた。この庭園の管理人は、ワイヤット氏にこの場所を調査してもよいと許可を与えた。彼は休暇が得られると、すぐにエルサレムに飛んで発掘調査を始めた。あるときには息子を連れて発掘調査をした。
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 発掘調査を進めていくうちに、岩をくりぬかれている場所が見つかった。ローマ人達は十字架の刑を執行するときに、罪名を記した看板を掲げた。イエスが十字架にかけられたときは、「ユダヤ人の王」とギリシャ語、ヘブル語、ラテン語の三つの言語で書かれていた。岩が三カ所くりぬかれていたので、ここがイエスが十字架にかけられた場所だと分かった。
 さらに掘り進めていくと、大きな裂け目が見つかった。そのひび割れは、崖の上まで続いていた。そこに十字架を埋めた穴があり、また穴をふさぐ石があった。さらに掘り進めていくと、空洞になった洞穴を見つけた。その洞穴の中をどんどん発掘調査を進めていった。
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とうとうある別の部屋につながる入り口を発見した。その部屋の中に契約の箱を見つけた。
 ワイヤット氏は、その契約の箱はこのような形(手書きの図)をしていたと証言した。
一般的に天使ケルビムは、契約の箱の上に描かれている。しかし、ワイヤット氏は天使ケルビムを契約の箱の横に置き、翼で契約の箱を覆っている絵を描いた。旧約聖書をヘブライ語で注意深く読むと、天使ケルビムは契約の箱の傍らにいたと読み取れる。ワイヤット氏の証言が正しいことが分かる。
 ワイヤット氏は、契約の箱をカメラで撮影しようと試みたが、うまく現像されなかった。神様がこれをはっきりと映し出されるのを妨げているようだった。

キリストの血が契約の箱に注がれる必要があった
 レビ記16:15-16に次のように記されている。
「また民のための罪祭のやぎをほふり、その血を垂幕の内に携え入り、その血をかの雄牛の血のように、贖罪所の上と、贖罪所の前に注ぎ、イスラエルの人々の汚れと、そのとが、すなわち、彼らのもろもろの罪のゆえに、聖所のためにあがないをしなければならない。また彼らの汚れのうちに、彼らと共にある会見の幕屋のためにも、そのようにしなければならない。」
 旧約時代には様々な儀式が行われていたが、それらの儀式は将来キリストに起きることの予型である。傷のない小羊を犠牲として捧げる儀式は、罪のないイエス・キリストが十字架にかけられることを象徴していた。また、やぎの血を贖罪所すなわち契約の箱に注ぐという儀式は、イエス・キリストの血が契約の箱に注がれ、イエス・キリストの贖いの業が完結するということを象徴していた。つまり、キリストの血が契約の箱に注がれるということが予型として示されていたのである。

ロン・ワイヤット氏の証言
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 キリストが死なれたとき地震が起こり、十字架の穴の左側に裂け目ができました。裂け目の真下6メートルほどの所に、神様は御自分の地上の御座である贖罪所がある契約の箱を紀元前586年に据えておられたのです。バビロニア軍がエルサレムを破壊したときのことでした。ご遺体をアリマタヤのヨセフに引き渡す前に、死んでいることを確かめようとして百卒長が槍をキリストの脾臓に突き刺したときに、神の御子の分離した血小板と血漿が流れ出て、裂け目を通って贖罪所に注がれました。そのことが古い契約と新しい契約を批准したのです。
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 箱の置かれている部屋はチリ一つない状態でした。全てが完全に秩序正しく配置され、契約の箱は洞窟の奥の壁を背にしておかれていました。洞窟の奥は虹色に美しく輝いていました。ニューエイジや同性愛団体などが虹のデザインを使うのは知っていますが、最初に虹を作られたのは神様であり、天の御座の周りにも地上の御座の周りにも虹があります。そこに垂れ布はありません。そこが地球上の神の宮であります。かつて神様が住まわれた場所です。
 そして中には四人の若者が立っていました。私は「ここで何をしているのですか?」と尋ねたとたんに、動けなくなり、息もできなくなりました。すると一人の若者が、「私達はモーセが石の板を納めて以来、箱の番をしている天使です」と答えたのです。彼らは私にビデオカメラを三脚にのせて、契約の箱に向けるように指示しました。それから贖罪所を持ち上げてくれました。どれほどの重さのものかは分かりませんが、純金で覆われています。一人の天使が、「石の板を箱から出しなさい。神は全ての人にそれを見てもらいたいのです」と言ったので言われたとおりにしました。彼らが贖罪所を箱の上に戻したときに、私が少し後ずさりすると、天使が来て私の手から石の板を取って岩棚の上に置きました。
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 それから私は贖罪所に付いている血液をサンプルにとって、それを分析させるようにとの指示を受けました。天使に言われたことは全て行いました。乾燥した血液が死んでいることは周知の通りです。今日古代ファラオのミイラから血液を採って、細々と調べることができますが、染色体の数を調べることはできません。科学はどんどん進歩し、私は何でも知っているわけではありませんが、死んだ血液を調べても染色体の数は分からないのです。DNAやその他色々な情報を得ることはできますが、染色体の数だけは生きた白血球からしか分かりません。
 まず契約の箱から採った血液を、イスラエル国内の研究所に持っていこうと思い、「いい仕事をしてくれる信頼できる研究所はどこですか?」と尋ね回ったら、「どこそこがいい」と教えてもらったので、そこにサンプルを持ち込みました。研究所に行き、「この血を検査して、何でもいいから分かったことを教えて下さい」と頼みました。
 まずそれを還元してから体温と同じ温度にして、72時間ゆっくり回し続けることでした。いよいよ検査するときは私も立ち会いたいといったら、よろしいと言われました。様々なテストの結果、人間の血液であることは間違いないということでした。次にそこから白血球を取り出して、成長媒体に入れてから、体温と同じ温度で48時間保つように頼んだら、これは死んだ血液なのでそんなことをしても意味がないと言われました。「それでもいいからやっていただけますか?」と言ったら「ではやりましょう」と言うことでした。今度も取り出して検査するときは立ち会いたいとの旨を伝えました。
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 いよいよ顕微鏡とかを使っての検査が始まったのですが、検査官が別の技術者を呼んだり、上司を呼んだり、ヘブル語で色々話していました。それから私に向かって、「ワイヤットさん、この血液には染色体が24個しかありません」と言うのです。人の染色体は全部で46個です。父親から23個、母親から23個、父親から22個の常染色体、母親から22個の常染色体、母親からX染色体、父親からXかYどちらかの性染色体を受け継ぎます。この血液には母親からの23個の染色体と1個のY染色体がありました。母親からの常染色体がなければこの人は発育できなかったはずです。ですから、全ての身体的特徴は母親からの遺伝情報によって決定されました。男性という性は、そのひとつのY、人間の男性から来たものではない性染色体によって決定されたのです。それからこう言われました。「この血液は生きています。一体誰のものですか?」私は「これは救い主の血です」と言いました。以来彼らの人生は変えられたのです。
 これが水と血によってこられた御方、すなわちイエス・キリストであります。水によるだけでなく、水と血によってこられたのです。

参考:https://www.youtube.com/watch?v=PBfolYkSinQ 驚くべき発見!「失われたアーク」
  https://www.youtube.com/watch?v=pADcsYMoIpc ドキュメンタリー「契約の箱の発掘 」

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